やはり気になる官能の世界

わたしは意外と好奇心旺盛な、いわゆる『肉食系女子』です(笑)
そういうことには人一倍興味津々で、他人がどんな感じで愛し合ってるのか気になっています。
そこで官能小説を試しに読んでみたらすごい…すごすぎる! わたしなんてまだまだなぁなんて思いました^^;

自分の気持ちに素直になる勇気

正直に気持ちを出すのって、大人になると大変なことですよね。周りの目を気にしたり、大人になったという気持ちがストップをかけたり。でも辛い事がある時は、一人涙する夜を迎えてもいいじゃないか、嬉しい事があった時は一人ではしゃぐ日があってもいいじゃないか、と思うのです。涙は心の汚れを流す方法だと思うのです。辛い事を受け止め、洗い流してくれるいい方法です。もちろん、本を読んで感動して流す涙もいいと思う、感極まって流す涙もいいと思う。泣く事は恥ずかしいとか、みっともないとかそんなことを考えて溜め込んでしまうと、なんだか心に何かが詰まったような気がするのです。詰まった物は拭い去ってからこそ前へ進めるというものです。折角ならいい一歩を大きく踏み出したいですよね。不安で遠慮して小さな一歩を歩くより、胸を張って進みたい。その為の過程だとも思うのです。まぁ確かに、仕事場でわんわん泣くのはどうかと思うけど、その辺はマナーを持っていけばきっとみんなわかってくれるものです。歳をとるにつれ、痛みにも強くなり感情の起伏も穏やかになります。それでも悲しい時には泣いて、嬉しい時には喜ぶ、そんな単純な事をもっとありがたく感じたいと思うのです。涙を流したぶん、きっとステキな笑顔もでてくるはずです。

憧れのベーグルパンに思いを馳せる

パンというのは、女性には欠かせない人気の食べ物ではないでしょうか。最近は、自宅でパンが作れるという家電がとても人気商品になっていると聞きます。自分で作るとまではいかなくても、街やデパートに入っているパン屋さんで買うパンは、とても美味しいですよね。特に、お腹が空いている時に行くと、あれもこれもと思わず沢山買い過ぎてしまいがちです。
でも少し前までは、パンはそんなに好きではなかったんですね。最近になって割と、パンを食べるようになっていき、だんだん習慣づいてきたような感じです。なので、最近になってパン生地の美味しさが、わかるようになって来つつあるという、まだそんな段階なのです。そういう経緯なので、食べるパンの種類はある程度限定されていると思います。ですので、調理パンと言われる種類のパンが多いです。ウインナーが乗ったパンや、コロッケパンやカレーパンなど、味の濃いパンが好きですね。
女性にはベーグルパンが人気ですが、個人的にはまだベーグルパンの美味しさがわからないので、ちょっと残念です。少し前まで、ベーグルパンをサラダと一緒に日常的にサラッと食べる、というスタイルがお洒落に感じていました。偏りのない、あらゆるパンの美味しさを堪能できるようになれたら…と思います。

青春物語が苦手な友人

青春系の物語が苦手という読書友達が居ます。彼女に理由を聞いてみると、学校と名の付く場所に通っていて、いい思い出が無いからなんだとか。小さい頃から同世代の人とのコミュニケーションが苦手だったそうで、いわゆる学園ドラマのような生活には無縁で、友達と呼べる人が思い当たらないと言うのです。今でこそ、私を含めた数人には心を許せると言ってくれるのですが、それまではまったく人に気持ちを許すことが出来なかったらしいのです。その話を聞いていて、私は何だか胸が締め付けられる思いがしました。
物語の主人公なんかだと、人に心を許せずに股肱の存在としてすごすなんていう人もよくいます。そういう人の話を読んで、かっこいいと思う反面、寂しいだろうな、と思っていたんですよね。そんな寂しさを、彼女はずっと抱えてきたんだと思ったら、苦しくてたまりませんでした。それでも、今は何人かの人には気持ちを許すことができると言って笑ってくれるので、その笑顔をもっと見られるように楽しい事をいっぱい彼女と経験できたらいいなと思っています。知り合った頃よりもずっと明るくなったので、いろんな人とかかわるうちにコンプレックスが少しずつでも解消されるといいなあと願ってます。

母が好きだった絵本

最近、普段の生活が忙しい中で、あまり本を読む時間も取れずにいます。そんな中、身体を休めようとゆっくりお風呂に浸かった時に、ふと昔の事を思い出しました。
昔、子供の頃、よく母とお風呂に入ったものです。湯船に浸かって、色々な事を話しました。
お父さんの事や、幼稚園の事、友達の事や、授業の事や、近所の歳の違う子供達の事。今思い出すと、色々な事を話したというよりは、私が母に色々な事を一方的に喋って、母は「うんうん」「そうなの」と聞いていてくれたように感じます。
度々、私が母に、「おかあさんが好きな絵本の話をして」とせがむ事がありました。そうすると母は、決まって犬の絵本の話をしてくれました。
そのストーリーは少し悲しいもので、子犬が、離れてしまったお父さんとお母さんを探しにでかけるお話でした。雨に打たれても風邪に吹かれても、意地悪な人にいじめられても、それでも前に進んでいくお話なのですが、母の話し方が上手なのでついつい感情移入してしまって泣けてしまうのです。
私が泣いてしまうので、後から聞いたところによると母もこの話をしたくなかったようですが、あまりにいつもせがむので、いつもしぶしぶ話してくれていたとの事でした。
私が好きな絵本はいつでも読んでもらえたのですが、母が子供の頃に好きだった絵本の話に興味があったのでしょうね。

都合の悪い恋

先日、友人が失恋をしました。とは言っても、少し”いいな”と思っていただけの相手ですので、悲しみの底に落ちる事はありませんでした。
とても穏やかで、笑顔が素敵な人だったとの事でしたが、どうやら恋人がいたそうです。
「素敵な人なんだから、恋人がいない方が変だよね」と後からそう言って笑っていましたが、やはり残念そうでした。
そんな友人を見て、なんとなく、とある本の事を思い出しました。
その本には、好きでもない男性から好かれてしまった女性の台詞で、次の様な台詞があります。正確には覚えていませんが。
「自分が好きで勝手に愛情を注いでおいて、勝手に見返りを期待されても困るわ。花の水やりじゃあるまいし」
確かにそうだな、と思った記憶があります。
恋人がいないから好きになる訳ではないのに、友人は「恋人がいた」、と言って落ち込んでいました。それは、自分の思い描く理想と違う方向へ現実が転んだから悲しいだけであって、彼が素敵で好きな事には何の関係もありません。
故意に彼と恋人との間を引き裂いてしまうのであればそれはちょっと褒められた事ではない気はしますが、彼を好きでいるのは一向に構わないのではないでしょうか。
それをそのまま伝えると、友人はしばらく悩んで、「でもやっぱり辛い気持ちもあるよ」と言いました。
それもよくわかります。ですが、誰かを「素敵だな」と受け入れる事のできた気持ちは、とても大切だと思います。無理矢理押し隠せば辛さは少なくなるのかもしれませんが、大切な気持ちなので、大切にして欲しいな、と思いました。

外でのんびり小説を読むのが良い

晴れた日の午後は外で小説を読んでいます。夏が好きなので暖かい日などは特に外で小説を読むことにしています。小説は家の中でもまったり読んでも良いのですが、外で読むことによって開放的な気分で読むことが出来るようになります。最近は外出先で読む方も多いですが、交通機関などではなく公園や山、海の近くなどの自然があるところで、読むとさらに雰囲気が出て良いと思います。
最近は集中力が低下してきたということもあり、より小説に入り込むには開放的な気分になった方がいいのかなと思っています。そこで最近は外で小説を読むことにしているのです。時には外で遊ぶ子供の声が聞こえたり、空を飛ぶ鳥の声が聞こえたりして、その悠悠自適な生活がさらに小説ライフを盛り上げてくれるのです。
私は忙しい時間よりもゆっくりした時間が好きで、最近は仕事よりも趣味を充実させています。もちろん仕事もやらなくてはいけないのですが、近年は出世や昇給というよりも自分の時間を大切にする人が増えているようです。私ももちろんまったりするのが好きで良くのんびり小説を読んでいます。一度この有意義な時間の生活を送ってしまったら、もう抜け出せないほどの魅力があります。時間がない方でも休日にやってみると良いですよ

素晴らしき映像技術

我が家の台所には窓が、西側に窓があります。いつだったかの夕方、その窓から夕焼けの光が差し込んでいました。台所の白い壁を、オレンジ色に染めるあたたかな光。そしてその中にたたずむ母。母はごく一般的な女性ですが、まるで映画のワンシーンのようなよくできた構図に感動しました。日常の中に心がぱっとするようないいことというのは、なかなかありません。仕事が忙しくても、体調がちょっと悪くても、それどころか少し気に入らないことがあるだけで、私たちは容易に不機嫌になれるからです。でもこんな偶然の出来事が、小さな喜びをもたらしてくれることもあるんだなあと思いました。自然が作る美しい光景は、人を感動させますよね。でもだからといって、コンピューターで作ったものがそうでないとは限りません。自然ではありえない風景も、機械を使えば作ることができます。まさに技術の勝利というものでしょう。どちらが優れているとは言えません。両方あるから、ドラマや映画や、場合によってはアニメや、そういった様々な映像を、私たちは十二分に楽しむことができるのです。なんてすばらしい時代!そんな事を思いつつ、でも文字文化だって感動では負けていないとも思うのですが。

父に勝てるのは漢字だけ

最近父が、新しいパソコンを買いました。そうしたらいろいろ使いかたが変わったようで、暇があるとパソコンに向かっています。今まで我が家のパソコンは何代も変わってきていますが、父が本を買って連日首っ引きというのは、初めてじゃないでしょうか。そんなに難しいのかなと覗いてみたら、さすが新機種。これまでとは違っていますねえ。私は機械物が苦手なので、遠くから見守っています。子供の頃から私にとって父は「何でも知っている人」です。学生時代は私が嫌いな歴史も理科も数学も教えてくれたし、工作も手伝ってくれました。大人になってからはパソコンが変な画面を表示する度に、父に直してもらっています。そんな父の弱点は漢字を知らないことくらいでしょうか。でも老眼が始まるまでは読書家だったんですよ。家には父の集めている漫画と、推理小説がたくさんありましたもの。たくさん本を読んで、新聞も毎日読んでいるのに、漢字が読めないのはどうしてなんでしょう。とても不思議です。でも唯一父に勝てるものだったりするので「お父さんは漢字を読めないままでいいよ」なんて思ったりもしています。いつか父を小さく感じるときもくるのかなと思いつつ、ちょっとさみしいので、そんな日は遠くであることを祈ります。

運動の後は小説に集中できる

スポーツも読書も好きな私は、良くランニングの後に小説を読むということをしています。スポーツをした後だと、普段よりも集中して読むことが出来るのです。普通に家でごろごろしているときに小説を読もうと思ってもなかなか集中できないという方もいるのではないでしょうか。そういった方は一度散歩や運動をしてきてから読書をすると良いと思います。もちろん運動が苦手な方は無理にとは言いませんが、本当に身体を動かした後だと集中力が違うのでより一層小説を楽しむことができると思います。
事実私は運動してきてから小説を読むようになって、身体も精神もとても健康で充実した毎日になっています。それが最近は楽しみになっていて、毎日のように運動をして小説を読むことをしています。人には趣味というのがありますが、私の場合は運動と読書ということになりますね。
小説を読むことは体力を使いませんし、面白いので毎日続けていても楽しいです。もちろん疲れているときは小説だけを読むということをしていることがありますが、やはり運動してからだと全然違うのですよね。ここ最近は日中に運動をしてから小説を読むという休日がルーティンになっています。興味のある方はやってみてください。

苦手だったものを克服できたおじいちゃんの一言

私は、妖怪やお化けの話が大好きです。と言っても、昔から好きだったわけではありません。小さい頃はお化けが怖くてトイレに行けず、何度もおねしょをしたし、テレビで人魚伝説や河童の特番を組んでいた頃にはそういうのを見るだけでなくような子でした。そんな私が妖怪やお化けが大好きになったきっかけはおじいちゃんが持っていた本でした。おじいちゃんは、妖怪やお化けの話が好きで、たくさんそういう本を持っていました。もちろんそういう本の中には恐ろしい挿絵が描かれていて、その絵も怖かったんです。でも、あるときおじいちゃんが、「絵が恐ろしいと思うかもしれないけど、これは恐ろしいと思わせようと描いているものだから、お前が怖いと思うのは当たり前だよ。むしろ、そう思うとこの絵を描いた人は喜んでくれるんだ。でも、妖怪はこの姿じゃないかもしれない。だから、お話を読んでお前の頭の中でお前だけのイメージを作りなさい」と言ったんです。私は挿絵にばかり気をとられていて、そのイメージでしか見ようとしていなかったんです。でも、もっと想像力を働かせなさいっておじいちゃんは言ってくれたんですよね。それから、少しずつ妖怪の本を読むようになって、挿絵を気にせず読めるようになるころにはすっかり妖怪やお化けの虜。そういう方面の研究の道に進みたかったけど、食べていくには難しい世界なので趣味で楽しんでいます(笑)

Ringbinder theme by Themocracy